サガシの旅 2
編み物は昔からチョコチョコやっていたが、
短過ぎる、マフラー
後身頃のみの、セーター
網目からぽとぽと小銭が落ちる、財布
と、実生活には役に立たない物ばかりだった。
初めて、世の中にあるものと同じと、認識出来た物は
娘がおなかにいる時に編んだ、娘の帽子とベスト。
とにかく完成品が、小さいのであっという間に編みあがる。
娘は冬生まれなので、寒くないようにと、せっせと編んだ。
そして産まれ出た娘と退院の日、頭が帽子の中で泳ぐほどデカかった。
当たり前だが試着してなかったじゃん!
外はカンカン照り。暑そう。苦しそう。やめた。
んじゃ、もっと大きくなってからと月日が流れたら
外は春になり、夏になっていた。
帽子ベストは論外の暑さ。
じゃ、秋を待ちましょう。ヨチヨチ歩き始めた頃、
自由をこよなく愛する娘が、首元でシバル帽子なんぞを
じっとかぶっている訳が無い。
こうして、私の作品はあまり日の目を見なかった。
3年前、
体調不良で、「私、死ぬのかも・・・」と日本に一時帰国。
病院通いしながら、娘のために遺作を作らねばと
帽子をまたせっせと作り始めた。
練習用に一個編み上げ、
二個目、三個目、四個、五個と、順調に編みあがった。
ボンボンつけたり、ピンクのオサゲをつけたり、モヨウを編み込んだり
全部デザインを変えて、遺作作りに没頭した。
さすがに五個目には、私は死にそうに無いと分かり、
皆に配って廻った。
常夏島にも持ち帰ってきた。毛糸も編み棒も持ち込んだ。
暑い中、扇風機に当たりながら、3個半編んだ。
四個目はカンナの環境が激変した為、半分までで眠っている。
しかし、編物はいいぞ!!無心になり、没頭できる。
世の中は折り紙だけで、世界的有名なファッションブランドから
ディスプレイ用の依頼があったり、
バーテンダーが踊りながらカクテルを作る、世界大会があったり、
(踊るといっても、ちゃんとしたパフォーマンスですよ!! フレアという。)
山頂でアイロン台を持ち込み、アイロンがけしたり、と、
趣味も極めれば、何でも芸術なんですねぇ。。。
踊りながら山頂で編物やって有名ファッションブランドの
ディスプレイになるような帽子でも作ってみようか・・・・。
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